所長MとY子の企業研究シリーズ。今回は産業ガス大手のエア・ウォーターです。数字は2026年3月期(第26期、2026年7月31日提出)の有価証券報告書と、同社の決算資料・適時開示をもとにしています。
はじめに
Y子:所長、今日はどこの会社ですか?
所長M:エア・ウォーター(東証プライム・札証、証券コード4088)だよ。酸素や窒素などの産業ガスで国内大手の一角を占める会社だね。
Y子:ガスの会社って、あまり身近な感じがしないです。
所長M:実は身近なんだ。病院の医療用ガスや在宅医療、LPガス、冷凍食品や青果物まで手がけている。2026年3月期の売上収益は1兆668億円で過去最高。ところが最終損益は639億円の赤字なんだ。
Y子:えっ、売上が過去最高なのに赤字ですか?
所長M:そこが今回のポイントだね。グループで見つかった不適切な会計処理と、その後の減損が大きく響いている。順番に見ていこう。
エア・ウォーターってどんな会社?
Y子:そもそも、どんな事業をしているんですか?
所長M:有報によると、グループは当社と連結子会社206社、持分法適用会社53社の合計260社。事業は次の5つに分かれているよ。
| セグメント | 主な事業 | 売上収益(2026年3月期) | 事業利益(2026年3月期) |
|---|---|---|---|
| デジタル&インダストリー | 産業ガス、機能材料など | 3,299億円 | 326億円 |
| エネルギーソリューション | LPガス、LNGなど | 985億円 | 101億円 |
| ヘルス&セーフティー | 医療用ガス、在宅医療など | 2,685億円 | 162億円 |
| アグリ&フーズ | 青果物加工、冷凍食品など | 1,530億円 | 71億円 |
| その他の事業 | 物流、海水事業など | 2,169億円 | 134億円 |
※事業利益は営業利益から非経常的な損益を除いた同社独自の指標です。
Y子:ガスから食品まで、ずいぶん幅広いですね。
所長M:M&Aでグループを広げてきた会社なんだ。2010年からグループを挙げて「売上収益1兆円」を目指し、2022年度に達成している。ヘルス&セーフティーは歯科材料卸の歯愛メディカルを新たに連結したこともあって、今期は2割以上の増収だったよ。
Y子:本社はどこですか?
所長M:大阪市北区の「グラングリーン大阪」だね。設立は1929年。代表取締役 社長執行役員は千歳喜弘さんだ。
業績は?
Y子:売上が過去最高なのに赤字になった理由を教えてください。
所長M:表で見ると分かりやすいよ。
| 項目 | 2025年3月期 | 2026年3月期 | 増減 |
|---|---|---|---|
| 売上収益 | 10,131億円 | 10,668億円 | +537億円(+5.3%) |
| 事業利益 | 702億円 | 745億円 | +43億円(+6.1%) |
| 非経常要因 | ▲77億円 | ▲1,117億円 | ▲1,040億円 |
| 営業利益 | 625億円 | ▲372億円 | ▲997億円 |
| 親会社の所有者に帰属する当期利益 | 399億円 | ▲639億円 | ▲1,039億円 |
| 1株当たり配当 | 75円 | 75円 | ±0円 |
所長M:本業のもうけを示す事業利益は745億円で、むしろ増益なんだ。産業ガスの値上げが進んだことや、半導体関連が好調だったことが効いている。
Y子:じゃあ、赤字の原因は「非経常要因」の1,117億円ですね。
所長M:そのとおり。中身は主に2つ。1つは、インドの産業ガス、デンタル関連、高出力UPS、北米の産業ガスなどで計上したのれんや固定資産の減損損失1,080億円。もう1つが、調査や自主点検にかかった調査関連費用130億円だよ。
Y子:減損って、買収した会社の価値を見直して損失を出すことでしたよね。
所長M:そうだね。デジタル&インダストリーは、のれん減損735億円を計上して営業損益が409億円の赤字になった。M&Aで大きくなった会社だけに、買った事業の収益力が改めて問われた形だね。
Y子:お金の面は大丈夫なんですか?
所長M:営業キャッシュ・フローは1,076億円で過去最高だった。減損は現金が出ていく損失ではないから、本業で現金を稼ぐ力は保てている。一方で、自己資本比率は前期の36.5%から32.1%に下がり、ROEは▲15.4%になったよ。
5年間の推移
| 決算期 | 売上収益 | 親会社の所有者に帰属する当期利益 | ROE | 従業員数(連結) |
|---|---|---|---|---|
| 2022年3月期 | 8,468億円 | 417億円 | 12.0% | 19,560人 |
| 2023年3月期 | 9,540億円 | 93億円 | 2.5% | 20,109人 |
| 2024年3月期 | 9,664億円 | 366億円 | 9.3% | 20,348人 |
| 2025年3月期 | 10,131億円 | 399億円 | 9.2% | 20,836人 |
| 2026年3月期 | 10,668億円 | ▲639億円 | ▲15.4% | 21,824人 |
※2026年3月期有価証券報告書「主要な経営指標等の推移」より。過年度は不適切会計の訂正が反映された数値です。
来期(2027年3月期)の見通し
所長M:会社は来期、売上収益1兆1,400億円、事業利益764億円、営業利益480億円、当期利益280億円と、黒字に戻る見通しを出している。ただ、自主点検や監査対応、特別注意銘柄の解除に向けた外部サポート費用として、250億円程度を見込んでいるよ。配当は「未定」だね。
不適切会計で何が起きた?
Y子:不適切な会計処理って、何があったんですか?
所長M:発端は2025年7月。連結子会社の日本ヘリウムで、在庫をめぐる損失の先送りが見つかったんだ。その後、ほかの子会社や本体の部門にも同じような問題が広がり、2025年10月9日に外部専門家による特別調査委員会が設置された。
Y子:どんな手口だったんでしょう?
所長M:監査報告書には、在庫の過大計上、資産評価損の先送り、売上の過大計上や先行計上、不要な取引先を間に入れた売上の嵩上げ、引当金の計上回避、資産性のない支出の資産計上などが並んでいる。全連結子会社211社を対象にした自主点検の結果、グループ43社で不適切な会計処理が確認されたよ。
Y子:43社も……。その後どうなったんですか?
所長M:主な流れはこうだね。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2025年7月 | 連結子会社(日本ヘリウム)で在庫をめぐる損失の先送りが発覚 |
| 2025年10月9日 | 特別調査委員会を設置 |
| 2026年2月〜6月 | 調査報告書・追加調査報告書を受領し、公表 |
| 2026年5月1日 | 東京証券取引所が特別注意銘柄に指定、上場契約違約金を徴求 |
| 2026年6月 | 現旧役員の法的責任を調べる責任調査委員会を設置 |
| 2026年7月31日 | 期限延長のうえ有価証券報告書を提出。過年度の有価証券報告書を訂正し、内部統制の「開示すべき重要な不備」を開示 |
| 2026年10月28日 | 改善計画・状況報告書(改訂版)を公表 |
コラム:「限定付適正意見」とは?
Y子:今回の有報で、会計士として一番気になるところはどこですか?
所長M:監査報告書だね。監査法人(有限責任 あずさ監査法人)の意見は「適正意見」ではなく「限定付適正意見」だった。
Y子:「限定付」ってどういう意味ですか?
所長M:「一部の事項を除けば、財務諸表は適正に表示されている」という意見だよ。今回は、子会社のエア・ウォーター防災で証憑が偽造されていたり、原価の付け替えを解明する記録が残っていなかったりして、前期以前の売上と原価の期間帰属を十分に検証できなかった。ほかにも複数の子会社で、売上の期間帰属を確かめる証憑が適切に保存されていなかったんだ。
Y子:証拠がないから、確かめようがない部分がある、ということですね。
所長M:そう。監査法人は、影響は重要だけれど財務諸表全体に広く及ぶものではないと判断して「限定付」にしている。有報を読むときは、数字だけでなく監査報告書まで目を通す大切さがよく分かる事例だね。
年収・勤続年数・平均年齢は?
Y子:働く人の情報も見てみたいです。
| 項目 | 2026年3月期 |
|---|---|
| 平均年間給与(提出会社) | 約816万円 |
| 平均年齢(提出会社) | 42.5歳 |
| 平均勤続年数(提出会社) | 9.9年 |
| 従業員数(提出会社) | 685人 |
| 従業員数(連結) | 21,824人 |
Y子:平均年収816万円は高いですね!
所長M:ここは注意して読みたいところだよ。平均年収・年齢・勤続年数は、提出会社であるエア・ウォーター本体の685人だけの数字なんだ。グループ全体は21,824人だから、本体はその約3%にすぎない。
Y子:じゃあ、グループ会社で働く人の給与は入っていないんですね。
所長M:そのとおり。事業の多くはグループ会社が担っているから、「エア・ウォーターグループで働く人の平均」とは違う。就職や転職で見るときは、どの会社に入るのかを確かめることが大事だね。
Y子:平均勤続年数9.9年は、メーカーにしては短めに感じます。
所長M:本体が685人と小さく、グループ内の出向や転籍、M&Aによる組織再編も多い会社だから、単純には比べにくいね。数字の背景まで考えるのが有報の読み方だよ。
働きやすさは?
| 項目 | 2026年3月期 | 会社の目標 |
|---|---|---|
| 女性管理職比率(提出会社) | 5.9% | 2027年度10%、2030年度15% |
| 男女の賃金の差異(全労働者) | 60.5% | ― |
Y子:女性管理職比率は5.9%ですか。
所長M:2021年度は4.0%、2024年度は5.7%だったから、少しずつは上がっている。ただ、中期経営計画では2027年度に10%を目標にしているから、あと2年でかなりのペースアップが必要だね。
Y子:男女の賃金の差異60.5%は、女性の平均賃金が男性の約6割という意味ですよね。
所長M:そうだね。管理職に女性が少ないことや、職種の違いが影響していると考えられる。今後の推移に注目したい指標だよ。
将来性・リスクは?
Y子:これから、エア・ウォーターはどうなっていくんでしょう?
所長M:2025年6月に発表した中期経営計画「terrAWell30 2nd stage」(2025〜2027年度)では、売上1兆円までの「規模の拡大」から「収益性の追求」へ切り替えると宣言していた。2027年度の目標は営業利益率8.5%、ROE11%、ROIC7%だね。
Y子:でも、その直後に不適切会計が発覚したんですね。
所長M:そうなんだ。今のいちばんの課題は、信頼の回復だね。会社は社内取締役を4名から3名に減らし、社外取締役を4名から5名に増やして過半数にしたほか、監査等委員会設置会社への移行も公表している。目標は、2027年内の特別注意銘柄の指定解除だよ。
Y子:ほかに気をつける点はありますか?
所長M:3つ挙げておこう。
- ガバナンス改革の実効性:特別注意銘柄の指定が解除されるかどうか。責任調査委員会の調査は2026年12月に終わる見込みで、その結果も注目点だね。
- M&A戦略の見直し:今回の減損で、買収した事業の収益力に課題があることが見えた。低収益事業の撤退を含めた見直しがどこまで進むか。
- 本業の強さ:事業利益や営業キャッシュ・フローは過去最高水準。産業ガスや医療など、生活や産業に欠かせない事業の底堅さは強みだよ。
まとめ(所長Mのひとこと)
所長M:エア・ウォーターは、本業の稼ぐ力はしっかりしている一方で、「売上1兆円」を目指して急拡大する中で管理が追いつかなかった会社だね。今回の有報は、損益計算書だけでなく、監査報告書や「対処すべき課題」の欄まで読むことの大切さを教えてくれる。信頼回復の取り組みが実を結ぶか、これからの開示に注目していこう。
Y子:数字の裏にある「なぜ?」を考えるのが大事なんですね。勉強になりました!
出典
- エア・ウォーター株式会社「有価証券報告書 第26期(2026年3月期)」(2026年7月31日提出)
- エア・ウォーター株式会社「2026年3月期 通期決算説明資料」
- エア・ウォーター株式会社「第26期(2026年3月期)有価証券報告書の連結財務諸表に係る監査報告書の限定付適正意見に関するお知らせ」(2026年7月31日)
- エア・ウォーター株式会社「特別調査委員会による追加調査報告書受領および今後の対応に関するお知らせ」(2026年6月22日)
- エア・ウォーター株式会社「中期経営計画(2025〜2027年度)『terrAWell30 2nd stage』について」(2025年6月10日)
- エア・ウォーター株式会社 株主・投資家情報
※本記事は公開資料にもとづく企業研究であり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。


コメント